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県指定文化財「山縣有朋記念館」が修復されました

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年11月18日更新

県指定文化財「山縣有朋記念館」が修復されました

山縣有朋記念館修復完了 ←修復された記念館

この度、栃木県及び矢板市の文化財補助事業により、山縣有朋記念館が修復されました。

風雨により外観が傷んでいましたが、外壁・屋根の塗装、装飾の復元を実施し、矢板市に移築された当初の姿に戻りました。

中に展示されている有朋ゆかりの品々とともに、蘇った外観をぜひご堪能ください。

 

山縣有朋とは?

山縣有朋は江戸時代後半の1838年、長州藩(現在の山口県)に生まれました。
松下村塾に入塾した有朋は吉田松陰から大きな影響を受け、次第に討幕に向けた活動を展開していきます。

明治維新後は軍人として西南戦争に関わったあと、明治新政府の政治家として廃藩置県、地方自治制度の確立など様々な新体制を構築し、活躍します。
明治22年からは第3代首相、明治31年からは第9代首相として、総理大臣を歴任しました。

 

山縣農場

明治時代初めの頃、新政府政治家が那須野が原を開拓し、農場を経営する動きが活発になりました。
山縣有朋もこれに追随し、現在の矢板市上伊佐野地区を開拓し、農場経営を始めました。

現在も「第一農場」「第二農場」の行政区名として面影が残っているほか、敷地内には有朋ゆかりの旧跡が多く残っています。

 

山縣有朋別邸

もと、有朋の別荘である神奈川県小田原市古稀庵内に建てられていた洋館です。
大正12年の関東大震災の際に倒壊しましたが、その後、有朋ゆかりの山縣農場内に移築されました。
建物の設計は、東京の築地本願寺や湯島聖堂の設計者として名高い伊東忠太によるものです。

現在では山縣有朋記念館として一般公開され、有朋ゆかりの品々とともに、明治期のモダンな建物を見学することができます。

 

山縣有朋記念館

場所:矢板市上伊佐野1022
電話:0287-44-2320
開館時間:午前10時~午後4時(入館は午後3時半まで)
入館料:大人700円 小学生350円

※毎週月曜休館(冬季1月~2月は土日祝祭日のみ開館)

詳しくは、山縣有朋記念館ホームページをご覧ください。

山縣有朋記念館ホームページ