宮大工棟梁小川三夫×遠藤市長   対談        

プロフィール

昭和22(1947)年、矢板市生れ                  

昭和41(1966)年、県立の高等学校卒業

高校生のとき修学旅行で法隆寺を見て感激し、宮大工を志す。

21歳のときに法隆寺宮大工の西岡常一棟梁に入門。唯一の内弟子となる。

法輪寺三重塔、薬師寺西塔、金堂の再建では副棟梁を務める。

昭和52年、独自の徒弟制度による寺社建築会社「鵤工舎」を設立。

平成15年、「現代の名工」に選ばれる。

平成19年、設立30周年を機に棟梁の地位を後進に譲る。

宮大工・小川三夫さん

                                                 

小川さんと市長
小川さんと市長

 Contents
・宮大工を志したきっかけ
・高校生のころ
・徒弟制度について
・我慢くらべ
・棟梁を退くということ
・「育つ」と「育てる」
・ひとづくり
・体験と積み重ね
・組織は生もの
・一心不乱に鉋(かんな)を研ぐ
・[不器用の一心」
・西岡棟梁
・経験は宝物

●宮大工を志したきっかけ
 

市長

宮大工を志すことになったのはなぜか
 

小川さん

高校2年生の修学旅行で、法隆寺に行ったとき、千三百年前の建物だという五重塔を見て俺もこういうものを造ってみたいと思った。そのときは、バスの中で寝ぼけてて、ぼんやりした頭で行ったのかな。当時、成績も良くなく、将来何になりたいと
いうものもなく、進学も考えてなかったときの法隆寺との出会いだった。卒業間近になっても宮大工になりたいという思いは変わらなかった。親父には、「時代の流れに逆らうようなものだ」と言われたが、気持ちは変わらなかったから、奈良県庁に行き、話しをして、西岡常一棟梁に会いに行った。そのときは、18歳になっていたから弟子入りは断られた。修業の間は、
西岡棟梁に手紙を書き、返事をもらい、3年後ようやく弟子入りできた。

高校のころは、楽しかった。

高校生のころ
 

市長

先生が生徒を覚えているのは、成績などが、中くらいの子?っていうのは、あまり覚えていないもので・・・
 

小川さん

子どものころから考えると、楽しかった。おもしろい人生だったと思いますね。昔は、みんな貧乏だった。それこそ新聞立てて、お弁当も空弁当の人は分かるんだ。いっぱいいた。高校は、本当に楽しかった。テストを返すとき「小川三夫、点にならず・・・ (0点なんだ。)」と言う先生がいた。そういう先生が良かったなあ。

そうは言ったけどその先生は、卒業するときに「期待しているんだ。」って言ってくれるんだ。

●徒弟制度について
 

市長

鵤工舎で若い方と一緒に暮らすなかで、今のような若い子たちはしっかりした信念を持ってきていると思うが、どう指導していくのかそのへんが「棟梁」の本を読んでもなるほどなあと思うけど、西岡さんのような徒弟制度のなかで、どう指導していくのか。今の子がそういうことについていけるのかどうか、非常に興味がある。 
 

小川さん

今の子は、個室で育っています。一番先に困るのが大部屋での生活ですね。中にはアパートに居る人もいるけど。個室だとそこに入り込んで自分の考えの生き方をしますよね。未熟なうちにそう固めたらだめ。未熟なうちに大勢の人と触れ合っているからこそ、どういくことで、生きていく意味が分かるわけだな。そういうことをしなくちゃなんない。 「アパートから通ってもいいですか」というような人はやめてもらう。そうじゃないと、みんなして力を合わせる時にできませんよ。

ですから、全部で生活しています。入ってきた子は一番先には何にもできないんですよね。先輩のためにできることいったら、掃除と食事の用意これを1年間やるですわな。全然美味しいものは作れませんから、1年経ってようやく美味しくなったら、また交代。だから美味しいもの は食べられない。都会からきた子は、冷蔵庫をバッタンバッタンしてる。作るものは冷凍食品みたいなもの。田舎からきた子はほとんどおかずというものをつくらない。味噌汁と漬物ぐらいかな。それから、ぼっちぼっちと習ってく。そりゃあそうですよ、食べたことのないものは作れないんですよ。食べたから作れるんだな。和歌山の山ん中からきた子がいるんですが、10ヶ月目に、職人に連れられて遊びにいってオムライスを食べた。オムライスが美味しいとみて1週間くらい、オムライスばっかり。そこからオムライスが作れるようになるわけだ。本をいくら読んだってなかなか本当のものは作れない。食べてみなくちゃわかんないわけだから。みんな、わからないからやっぱりみんな本を読んでやるんだよ。

はっきり言えるのは、料理の上手いのとつくりのうまいのと仕事は比例します。はっきりでます。なぜ、そんなに1年間めしを作らせるのかというと。その子の段取りのよさ、思いやりが分かる。掃除をさせると、仕事に向かう姿勢、性格も分かる。それを一年間やらせて、この子はどうゆう人間だからどう育てなくちゃなんねえと思うわけだ。それは、させなくちゃ分からない。ご飯の用意できましたというので行ってみたらご飯と味噌汁はあるけどおかずはこんにゃく一切れ。それは、思いやりもなんにもないわけだよ。

そういう人もいますよ。

●我慢くらべ
 

市長

でもやっぱり、そこからスタートというと、相当努力をしていますよね。
 

小川さん

毎日毎日、それです。だから大変なことですよね。むこうも大変だけども、こっちも大変ですよ。それは、その我慢比べをしなくちゃだめなんです。耐えることをしなくちゃならない。それをお互いしないと本当のことは分かりません。
ですから、うちあたりは、言葉はあんまり使わなくても、力のある子は、重いほうをそっと持ちますもんね。見ていると。


市長

そういうふうにして身に着いたものというのは、一生の宝物ですよね。なかなかそういう機会が今の若い人たちにありませんからね。自分中心の生活をしていますから、自分を殺すとか、プレッシャーに耐えるなんてことはなかなかできないですね。

今、私も長い間先生をやってきて、どう育てるかということを「棟梁」を読んで思ったんだけども、やっぱりわれわれは、効果をすぐ期待してしまうんですよね。待つという姿勢がなかなか出来ないんですよ。こっちが働きかけて答えてくれなければ叱ったり、やはり「棟梁」を読んでやっぱりもう少しわれわれが待つという姿勢を、やっぱりこれみて「木」 はそれぞれ違っているし、宮大工さんは木を相手にしているから一人ひとり違うそういうものに対しての対応がなかなか我々は、出来なくて・・・

 

●棟梁を退くということ

市長
棟梁を退くという心境は、いろいろ書いてありましたが、どういうものなんですか。
 

小川さん

まあ、自分はちょうど60歳になったんでみんな同級生も会社を定年になったんでちょうどその頃でいいだろうと思っていたんです。それで、まず自分が退くんだったら、 後継者に次ぎのことを、領収書の書き方から全部教えてかなくちゃいけない。仕事は分かっているけど。自分はそういうものじゃない。まず、そのものに責任を与える。
まず責任を持ってないで教えたってそれは、ハンコ一つを押すのにも自分の名前で押すことの怖さを教えておかなくちゃなんない。それでやって自分は、たまにいて、聞かれたら答える。こっちからは教えない。でも聞かれたら教える。そういうことでやっぱり5年ぐらいかかると思うんですよ。ですから早めに立場を譲らなくちゃいけない。立場が人をつくっていきますからね、どうしても。それを教えるようなことをしたら、やっぱし弱いものになってしまうような気がします。甘えてしまうような。先に蹴っ飛ばしておくというやつですね。
  
 

市長

確かに任されること、それなりの責任ですか、だからいい加減なことは出来ませんし、そのことによってやっぱりその人間が成長していく。私もこういう立場になって職員にどういう指導をしていくかというと、責任を与えるということがやっぱりその人を成長させる大きな要因だと思うんです。
 

小川さん

そうですね。 
 

市長

任せる、任せられるだけの心の広さがないといけないし。任せるためには、いざというときに責任を負ってあげる信頼関係がないとダメだと思います。そうでないと、職員も本気になってやってくれない。上司が信頼してくれると思うと一所懸命やってくれる。そういう信頼関係をきちっと作っていかないとダメだなと感じているんですが。ですから、やっぱり立場が人をつくるという、そのとおりだなと。

「育つ」と「育てる」
 

小川さん

やっぱり任せることは難しい、任せられるほうも難しいけども。出来る人には、任せる必要がないんだ。出来ない、未熟だから任せる。任せてやりたいと思うわけ。出来る人は当然のことなんだ、任せられたなんて考えない。ですからうちは10年の修業とったらば、みんな外へ出す。10年預かって一番いいときにみんな出すんです。修業して外へでてこ いとやるんです。もったいないですよね。企業としてはもったいないですけども。未熟でないと出ないですね。独立しないです。もう完全に出来上がった人は、ここにしがみつく。未熟なうちにだしてあげないとダメですね。それがやっぱり今まで見て分かったことですね。だから裏から押してやらなくちゃならない。 
 

市長

やっぱり、小川さんのその優しさと厳しさがそこにあるんだろうと思うんだけども、最後まで責任をもつということは、基本的にはそれがその厳しさだったり、外に出したり・・・われわれも長い間、行政の仕事をやってると、上司はいろんな方がおりますね。最後まで責任をもてということをよく言われてきました。優しさは出会ったものには、最後まで責任を持つってことなんだなと思った。でないと職員はついてこないんですよね。 
 

小川さん

やっぱし、優しさっていうのは、私思うのに、厳しさのない優しさは、甘えにつながってしまいますね。ですから、やっぱし厳しくないとダメですね。
 

市長

育つと育てるとういうのがありましたが、しっかり環境をきちっと整えてやれば、やる気になる。 


小川さん

そうですよ。

育てるなんていうのは大きな間違いですよ。育っていくんですよ。だからうちあたりは、何にも教えない、教えないのがいい教育だと思っているわけじゃないけど。本当に教えないって、教えないのがいいのかっていうと、そういう のではない。しかし、そこに学ぼうとする雰囲気があればその中に居れば教えなくてもいいんです。育っていくんですよ。勝手に育っていくんですよ。「捨て育ち」っていう。それで大丈夫なんです。その環境がない子には教えなくてはいけない。

市長

助言や、コツを教えるということは、不要だと。決まり時、決まりどころを教えたら、1を聞けば10も分かる。というのがありましたね。
 

小川さん

ですから、それを言うんだったら、ふつうの会社であれば、即戦力を求めるんであればこれを1を教え2ずっとこういきますよ。

うちは、教えないから、ずっとこうだけども。まあ、6から7年経った頃に「こういうやり方もあるんと違うかあ」くらい一言いったら、1のことが10にも100にもパーンと開くね。そこから人間はギューンと伸びるんですよ。そうすると10年きた人と同じくらい、しかしそこから先の伸びが違う。ちゃんと教えた 子よりも、そこまで苦労させないとダメなんだよな。
これが大変なんだよな。そこを待てるか待てないか。待てなくてみんな口を出してしまうんだな。
 
 

市長

そう、今の母親は、みんなそう。待てなくて。

子どもは操り人形のように操られて、みんな指示されないと動けない。
 

小川さん

ですから、うちのこういう生活をしていて、うちを卒業した子がいるんだが、その子がうちに入ってきて5年目くらいに、小豆島へ仕事にやった。小さな仕事だったからそれをやれといって、一年間かかってやり遂げて帰ってきた。わかんないことは親方が描いた図面をどういう考えでやったか一生懸命に考えてただやっただけ。立派に出来たから、帰ってきたんでお前は、現場棟梁にする。そうすると下に若い子が付くんだから。これのあだ名は「ゴリラ」って言うんだ。「 ウー」と「アー」しか言わない。しかし「ウー」と「アー」ではダメなんだぞと言ったら。俺は 言わね。でも、しかし、この子がここで失敗するということが分かる。だからその失敗すること、そのところは、先に言う。後は任せる。これがやっぱし鵤工舎のみんなしての生活。だから、子どもたちに言うんだ。今の母親あたりがいうのは、子どもが分かっていることをガーって言うから「ウルセー、このばばあ」ってことになるわけであって。母親のほうも、本当に子どもを見てないんだ。ちゃんと触れ合ってさえいればそんなことはない。ちゃんと読み取れる。みんながお互いに読み取れると思う。触れ合いの度合いが少ないんだ。昔は、触れ合いの度合いが少ないんだ。親は自分の姿を見せ、そして子どもの本当の姿を見ていないから、いろいろなことで言い合いになる。
あんまり言うと・・・

怒られっちゃうけど、でも、これは、本当だと思う。
 

市長

確かに、今の子どもは、失敗することが許されない。もうみんな親が子どものときに手助けをし、だからもうそういう状況じゃないと、一人でものを考えたり、判断することができなくなってる。親が子どもの芽を摘んじゃってるのか なあ。
 

小川さん

そうですよ。先走って教えないってことが大切なんです。こどもが本当に理解できるまで待ってやる。分かんないうちに先走ってどんどん、どんどん教えちゃうから途中で狂っちゃうんだよ。わかんなくなっちゃう。たぶん。

●ひとづくり 
 

市長

時代はこう変わって、人間の一番大切なこういうね、心の・・・

ところが今、もう子どもの数が少なくなってきて、高齢化がどんどん、どんどん進んで、今までのようなわけにはいかないん
だけども、今までのような状況でなんとかしようとするところにやっぱり問題があって。

それからやっぱり一番重要なのは、「ひとづくり」なんでしょうね。

金もない、何もない時代に、何をやるかしっかりした人間を作っていくていうことが、 これから20年、50年先の日本を
考えたときにそれを今やっていかないと、

学校教育でなくて、やっぱり鵤工舎もそういうこと自体も引き続き、市役所職員もしっかりやっていかないと。
 

小川さん

ですから、金がないといっても。昔の貧乏みたいなのが本当はもどってくると俺はいいと思います。楽しいですよ。なくたっ

ていろんなもので我慢できた。遊べた。今の子どもは全然遊べない。ですから、そういう気持ちをうまーく取り戻せるようであればいいんだろうけどね。だから今の、山があるでしょう。山の木っていうのは経済成長からいうと0.05パーセントくらいの世の中の成長率なんだって。それが7パーセントとかグット伸びたろう。そうしたら山に入る人いなくなっちゃうだろうな。それだけの成長。俺は、常に思う。0.05パーセントぐらいの成長で、後戻りしない世界。そのぐらいであれば、本当に世の中が反省?しても出来ると思うんです。しかし、そんなこと言ったら、世界がもうこうなっているんだから、みんな全部だめになりますよ。もう頭うちですから、競争して、ゆっくりと自然の摂理とあっていないんだから。だから、そういう、そのぐらいのことまで戻ってもいいとは思うけどもしかし、そんなことは出来るはずがない。そうすれば、本当の教育も何もかもが、振り返ってできるんだよ。世の中、経済が成長した反面に、みんな落とし穴があって変化した。上がったり、下がったり、上がったり、下がったりだから、そうじゃなくてジワーっと上がっていけばいいんだろうけど、そういうことはない。 
 

市長

だからやっぱり、恵まれた時代に生きて、不自由さを感じない。それがやっぱり、人の気持ちなんか理解しようとしない。
そういう心の貧しさみたいなものを逆に育ててしまう。

だから、今、子どもたちに一番必要なのは、きっとね、その・・・あれは、体験不足なんですよね。
 

小川さん

そうですね。

鵤工社の様子を市長が見学

鵤工社作業場の様子 「鵤工舎」の様子

●体験と積み重ね 
 

市長

工舎の仕事は、みんな一つ一つの自分で体験して積み重ねているから、そういう経験がないともう大変なときとか、本当に困難なときに出会ったときに対応できない。


小川さん

対応できませんね。そんなんでは、ぜんぜんダメ。ですから、自分は、その人間の身体には、頭と身体があると思うんですよね。常に頭、ものを考えるその頭、頭で考えているんだろうと思いますが、そうじゃないんですよ。身体が思い知るということがあるんです。これが大切。ここをやっておかないと。育てておかないと、とんでもないことになるんです。

身体をとおして思い考え知る。それがないとダメなんだ。知識をもってなんぼ頭に入れたってこんなものは、チョット世の中が狂ったら何にもならない。
使い物にならない。
 

市長

本を読んでいろいろ考えさせられたことがたくさんありました。もう少し早く、私が先生だった時期に読めば、少しは変わっていたかも知れない。私は、進学で、一点でも多くとらせてあげて、少しでもいい大学へ ということで、叱咤激励をしてやって、それが良かったのか・・・
いっぱいありますね。勉強がすべてで、勉強がダメだとすべてがダメだというそういうふうな意識を子どもたちに持たせてしまったことが・・・

●組織は生もの
 

市長

組織は生ものだというのがありましたよね。一度栄えると必ず腐り始めるんだと。確かにそうです。役所もそうなんですけどね、まさにこの通りだなと。

だから、一番腐るのは、上に乗っているリーダーからとありましたね、これは、私自身のことかなあと・・・。そういう意味では、やっぱりそこにあんまり執着すると、引き際というのが大切だなあと、改めて感じましたね。だから、棟梁を、席を譲るって言うのもそういうことがあるのかなと、あとは、後輩を育てるっていうこともありますけど。
 

小川さん

そうですね。
 

市長

組織も本当に、上手く機能しなくなるんですよね。どんどん問題意識がずれちゃって、そして、組織のメンバーもなんかその中にどっぷり浸かっちゃってですね、 毎年、同じことをやり、改革しようとしない。だから進歩も発展もなくなってしまう。
 

小川さん

そうですよね、ですから、例えば筑波あたりに講演に行くんです、教育会館に。だいぶ行っているんですけども。先生が、子どもに対して、クラスのみんな仲良くしなさいと、たいがい口癖のように言う。じゃあ、あなた方は、職員室で先生同士みんな仲がいいのかといったら、みんな黙っちゃって。そんなもんや。だんだん、だんだんそういう風になっていくんだ。
そこで、今はちょっとない。2,3年前まであったんですけど。30日間ぐらい缶詰になるんですよ。教師になった人が。
 

市長

長期研修ですね。
 

小川さん

県から派遣を依頼されるわけ。俺は、いつも、最後の日の講演なんだ。やっと研修から終わって帰れる。そこで俺が講師なんだ。そこで、振り返ってくれればいい んだけども。30日間そこで缶詰になって、その缶詰がいいんですよ。教育でもなんでもないんですよ。久しぶりに新鮮さを味わってきてくれると、帰ってからはいいんだけれども、また、帰ってからチョット経つと俺は行ってきたんだからの話で、
偉くなっちゃうんだ。これもまた、困るんだけども。
 

市長

確かにそうですね。
 

小川さん

だから、役場でも、なんでも、上にいてだんだん、だんだんいて、入社した頃を、自分が忘れてしまって、役職が上がってしまって、入社したときに自分だって出来なかったのに、出来ないからガーガー、ガーガー分かったっぷりして、それじゃあ付いてこないんだよなあ。みんな忘れちゃうんですよ。

●一心不乱に鉋(かんな)を研ぐ
 

市長

本の中に、一心不乱に鉋を研ぐとありましたけど、あれはどういう意味があるんですかね。
 

小川さん

鉋っていうものはですね、刃物、まあ、大工ですから刃物が切れなかったら、話になりませんな。でも1年くらい研げば刃物はだいたい切れますよ。しかし、刃先に 一点の曇りもなくきれいにとげるっていうのは10年たっても研げない。研げない人は、研げない。だから一生懸命やる。しかし、その刃物をとなりから見てると、もうこんなにきれいに刃が 研げているのに、と思うんだけども本人は、研げていないように見えるから研ぐ。それが錯覚。それが、その研ぎ澄まされた精神て言うものを養 っていくわけ。自分自身で。それがやっぱり難しいんですね。それは、他からは、分からないんですよ。しかし、自分は、一生懸命にやっているとまだ、もっと研げるはずだ。っていう感じですな。ですから、昨日あたりも、 夜の12時すぎまでみんな研いでいますよ。昼は、仕事で出来ませんから。そんなに研がなくったっていいんじゃないのと思うけども、そういうふうだと刃物をもってものを刻むんであれば、すばらしくきれいに刻まなくちゃいけない。そうすると木を大切にする。という方向に行くわけですよ。木を乱暴に使うことなどはないですよね。
 

市長

なるほど。
 

小川さん

刃物を研ぐということですよ。

自分も、西岡棟梁のもとに行ったときに一番先に言われたのは、まずは、納屋の掃除をせえと。納屋に登って見ると、西岡棟梁の道具とこれから建てる法隆寺の曳きかけの図面があった。それを見てもよろしいということでしょう。納屋の掃除をせえということは。ああこれで私は、弟子入りが認められたんだな。と思いました。棟梁は、お前を弟子だったとは言いません。納屋の掃除を・・・弟子だな、弟子と認めてくれたんだなと。急に言われたのは、これから一年間は、テレビ、ラジオ、新聞、そういうものには一切目を触れてはいけない。刃物とぎだけをしろと。ですから丸一年間 、帰ってきたら刃物とぎばっかしをしていましたね。その途中で一回、棟梁が、納屋に登ってきてくれてですね、鉋を曳いてくれた、鉋屑はこういうものだと。きれいな、すばらしい鉋 屑ですよね。それをもらって、窓ガラスに貼ってそういう鉋屑がでるまで、研いでは削り、研いでは削りしていました。ただそれだけなんです。ですから20何年間、棟梁と一緒にいたけども、手本を示してくれたのは、その鉋 屑一枚。あとは、何にも教えてくれない。ただ一緒にいるからいろんなことに気づいたってことだけですよ。
 

市長

今の時代に、こんなに精魂込めて毎日毎日、鉋を研ぐなんてね・・・
 

小川さん

しかし、それもやっぱりここに生活して、みんなして寝泊りして同じ空気を吸って同じ飯食べているんですから、それはやっぱり意識して、その空気っていうか学ぼうとする空気がすごいですよね。

自分は、その学ぼうとする空気は、自分が、上に立つものが作るんだと思っていたんですよね。ずっと思っていた。それでいいと思っていたんですけど。最近は違うと思う。その空気は、その学ぶ本人がつくる。弟子たちがつくんなくちゃだめですね。
こっちで作ってあげたんじゃダメですね、そんな感じがしますね。そうなれば、最高ですよね。だから陰日なたなんか、やってるやつはいないですよ。間に合わないですもんね。一生懸命、一生懸命みんながやってっから。人のことなんか気にしないですよ。
 

市長

まさに、毎日毎日、修業じゃないけど、緊張した生活ですね・・・
 

小川さん

それが、やっぱり同じ、こうしてなんて言うんですか、飯を食べて、一緒に寝て、朝おきて、そりゃあ10年間やるのは、そりゃあ大変ですよ。小部屋があるわけじゃない。チョットは区切ってあるんですけども。それでいいんですよ。それに耐えられないとダメですよ。

「不器用の一心」 
 

市長

「棟梁」の本に直筆で書いてくれた、「不器用の一心」っていうのは、どういう意味のことなんですか
 

小川さん

それはですね、こういうとこに来るとですね、弟子に来るんですから、たいがい器用な子が来ると思いますよね。それで、母親が言いますよ。 「うちの子は手先が器用なんです、こういう仕事にあっていると思いますから、採用してください。」しかし、訓練なく器用なのは、頭の中が器用なんですよ。頭のなかの器用っていうのは、あまりほめたことではないんですわな。器用、不器用を簡単に言うと。30センチの三角定規で10メートル先の直角を、見ますよ。こうやれば、間違いではないですよね。それでも10メートル先の直角も見られると思う。間違いではない。学校の先生から見れば、こういう子は物事考えて早いから立派に見えると思います。しかし、不器用な子は、どういうことをするかというと、10mの三角定規を作る気になるんですよ。そんな、どんなことをしても間に合わないでしょうよ。しかし、皆さんが、家を造るときに30センチの三角定規をでピッピッって伸ばして直角見てもらう家と、10メートルの三角定規作ってもらったら10メートルの三角定規でピッとあててもらったほうがそりゃ、嬉しいやろう。あってると思うやんか。それぐらいだから、そうすると学校の先生からしたら、あんな、どじなことしてってなる、時間内に出来ないんですもんね。しかし、そういう三角定規をぱっと見れるような子は、何でも早い。しかし、何で も頭がいいから理解できるんですよ。出来るんですよ。しかし、やっぱりそういう子はですね、自分の起用さに溺れてしまいますね。簡単に出来る。馬鹿みたいに見えるから、周りが。不器用な子は、一生懸命、一生懸命にやる。不器用の一心ていうものをもった子は、上達の見込がある。


市長

なるほど。一生懸命、一生懸命に勝るものはないっていうのがそういう意味になるんですね。


小川さん

だから、能力があるような子は、簡単に物事をえる。考えが浅い。だから簡単に釘をバタバタ打って、ダメだったら、すっと抜くよ。しかし、そうしたら傷が付くわけだよ。やっぱり・・・そういうことをしてはいけないな。それで押さえるんだったらば、良く考えて打つっていうくらいじゃないとダメだな。
 

市長

われわれもそうだもんね。精一杯努力してそれがダメだったらこら仕方がないけども。努力しないで、嘆いたり、これは間違ってる。

市民とそのいろいろ、接触する場合も誠意を尽くせば、必ず相手はわかってくれるはずだよと、私は、言うんだけども、かなり感情的なトラブルもたくさんあるわけですよね。だけど、そのトラブルがあっても自分が誠意を尽くして地道にやっていけば必ず相手は分かってくれるんだとういのは、今話してくれたことに、相通ずるものがあるのかなと。

とにかく、市民の方々との対応って言うのは、職員として非常に大切なこと、結構トラブルっていうのがあるわけですよね。だからまず、相手の言うことを良く聞いてやって受け入れてやって相手を説得しうることをしていかないと、とにかくすごく感情的になってしまいますからね。

作業場内の木材

作業場内の木材

●西岡棟梁
 

小川さん

だから、こう考えたら、役所の職員も市民なんだから、同じなんですよ。同じで行けばいいんだけども、むこうが違うから、こっちが高飛車に行けば、立場を変えてしまうから、もめるわけであって、同じものになればいいわけですよ。

西岡棟梁は、法隆寺に鬼がいると言われるぐらい怖い人だった。誰もがそういう。しかし、自分は、ずっと一緒にいて一つも怖くない。怖い人と思わなかった。怖いと思う人は、棟梁と離れている人。ぴったり寄り添ってしまえば怖くない。その人になりきるんだから。それでないと弟子は勤まらない。弟子は、離れてたら絶対ダメだよ。 いつも怒られてることばっかし。その人になりきるぐらい添わなくちゃ。そうしたら、怖いことでも何でもない。
 

市長

これは、あんまりいい話じゃないんだけど・・・

昔、上司だった人で威厳があった人がいて、その人が一言を言う
と職員は、その人が言っていることは、一体どういうことなんだろうとわれわれみんな、真剣に受け止めて、上への対応を考えていた。まあ、ロイヤリティの問題なんだろうと思うんだけど。実際に矢板の市長になってみて、私が言ったことに対してどれだけ答えてくれるのかというと、雲泥の差がある。これは、どういう意味なんだろうと、いろいろ私なりに考えたときに。
やっぱり忠誠心とか、尊敬かなんかいろいろあるんだろうと思うんだけど、そういうものの差かなあと、いう風にわたしは、感じたんです。これは職員が悪いんじゃなくて、私自身がそれだけの影響力が与えられないという悪さなんだけど。まさに今お話されたことと相通ずるんだなあ。だから今は、職員の方は本当によくやってくれているんだけれども。当時は、私のことを良く分からないからだろうと思っていたが。なかなか期待に応じてもらえなかった。それはやっぱりその人に対するロイヤリティっていうか、今、小川さんが言ったように西岡棟梁と全く同じようになっていくという。こういう状況が作れないと、期待にこたえていただくとか、本当のことをやっていこうというときに・・・

今、話を聞いてなるほどなあと・・・
 

小川さん

それは、やっぱり失礼だけども、真面目にものを考えすぎるとダメ。適当に考えて、親方が弟子から親方はこういう考えをしてるなと思われたらダメ。はぐらかしてなくちゃ、何考えてっかわかんねえは、親方は、というぐらいがちょうどいい。そういうふうにもって行かなくちゃだめなんです。
 

市長

あんまり、真面目すぎるとだめなんですね。
 

小川さん

真面目すぎるとダメ。真面目はすぐに分かりますから。

市長

確かに、何を考えているんだか分からなかったら、心配になっちゃってどうしたらいいんだろうと思うんだろうけど。
 

市長

私は、リーダーたるものはそれなりの、しっかりした信念と経営哲学を持っていなくちゃいけないというふうな思いをもっていた。

今話し聞くと、違う。そういうものがあって、あったうえでの話なんだと思うんだけどね。
 

小川さん

そういうきちっとしたものを持たないほうがいいんですよ。持たないほうがいいっていうのは、それは、頭で考えているから。
俺は身体で考えているから自由奔放やん。その場、その場、なんでもその場で解決できる。棟梁って言うのは、即判断して、即やんなくちゃダメだ。チョット待ってください、明日までに考えてきます。では棟梁にはなれないんだよ。とにかく現場は動いているんだから、グーッと。一瞬のうちに判断を下すっていうのは、頭の中では考えていない。身体。
 

市長

それは、痛切に感じますね。臨機応変に対応できるだけのそういう能力っていうのがないとダメだってのがよくわかります。

 

●経験は宝物

小川さん

自分たちの道具の話をすると、この前、赤坂でビートたけしと対談してくれという話があっていって来たんです。西岡棟梁の道具をもっていってやったんですよ。それは、やっぱり俺らとは違うんですよね。棟梁あたりの道具は、使いこんでいるから色艶とかが全く違う。棟梁は亡くなっているんですけど今だに、道具じたいが身構えているんですよね。戦場、現場に持っていってもすぐ使えるように見えるんですよ。俺らの道具は全然そういうふうには見えないんですよね。一週間もほっといたらボーッとしてしまいますわ。それは、昔の人だから、その道具でしか仕上げが出来ないんです。本当に苦しくなったときには自分たちは、電機道具を使ってしまうんですよね。そういうふうなもんでは魂入った道具にはならない。そういうもんでは昔のような、職人気質っていうのは生まれてこない。そう思う。その道具、あめ色のように輝いている鉋なんですけど、たけし、いいなあ、いいなあ、と言うんだ。年忌の入った道具はいいですよ。惚れ惚れしてんだな。
 

市長

年季入った人は違うよね。

いろいろ苦労をされて百戦錬磨、超えてきた人は、やっぱり違いますよ。いや本当ですよ、いざと言うときに、そういう経験があるかないかっていうのは非常に重要ですよね。 
 

小川さん

そうですね。

やっぱり、経験を積むっていうことが一番ですよね。

 

 

市長
今日は、どうもありがとうございました。

 

小川さん
ありがとうございました。

              小川さんと市長                 

 

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